富士ゼロックスを退職しました

2018年5月31日付で富士ゼロックスを退職しました.この1ヶ月半は有給休暇と20年次特別休暇を消化つつ,主夫業に専念していました.

 

 

これまでの業務内容

新卒で入社してから20年間の主な業務をリストアップしてみました.

  • 事業所ネットワーク管理の傍,TCP/IPネットワークの新しい技術の調査や検証
  • 自動化や省力化のシェルスクリプトを書いたり,Perlでウェブ申請用のCGIなどを作成
  • Ring ServerのIPv6化,管理運用部門への移管
  • 事業所へのネットワーク回線の敷設,ネットワーク設計,Firewall設計,海外拠点や大学などとのVPN環境構築,TV会議環境構築
  • Wikiエンジンのカスタマイズ(Perl)
  • FreeBSDカーネルいじり(C)
  • セキュアなデータ転送/中継サーバの開発(Java)
  • P2P型遠隔動画視聴アプリケーションの開発(Java)
  • デジタルペンアプリケーションの試作(Java)
  • デジタルペンの商品化活動ではデータ操作ライブラリや印刷管理モジュールなどを担当(C#)
  • 情報共有システムのHTML5版を試作(Java)
  • リアルタイム情報共有システムの開発(node.js/socket.io)
  • 既存商品向けのリアルタイムアプリケーションの試作(node.js/socket.io/AWS)
  • OAuth2プロバイダ兼メタデータ管理のためのWebAPI基盤の開発(node.js/AWS)
  • MVNO商品の通信量表示システムと周辺ツールの開発/運用(node.js/golang/AWS)
  • 既存システムのAWS移行(AWS)

前半はネットワークやサーバの構築/管理/運用など,中盤からのアプリケーション開発で規模の大きなプログラミングをするようになり,ここ1,2年はAWSへの移行作業ばかりしていました.

 

これらのうち情報共有システムのHTML5版の試作は他部門に技術移管して数千万円の売り上げに繋がったので,この時だけは自分の書いたコードで自分の給料分くらいは稼げたのかなと思いました.

 

退職の経緯

入社当初から研究部門にいたので割とノンビリと好きなことをやっていましたが,特にWebアプリケーションを作るようになってから実際の顧客へ提供し,自分が携わったモノの価値を確認したいと思うようになりました.そこで新規事業開発を担う小さな組織への異動を希望し,運よくその通りとなりました.ここで様々なサービスをバンバン作ってリリースしてダメなら潰してを繰り返せれば良かったのですが,売り上げはほとんどないままでも撤退戦略は1つも実行しなかったため,多くのサービスは不良債権のようになっていました.また既存サービスの派生は一定期間で増えていたため,これに伴い運用コストが増えてしまい,コストダウンや改善のための投資もされません.組織の方針を変えるほどの影響力もないため異動も試みたがままならず,早期退職制度の対象年齢に達したのもあり,応募して今に至ります.

 

良かったところ

入社以来,業務設計をほぼ任せてくれる上司が何名かいて,業務の中でスキルアップをできたと思います.3週間とやや短かったが米国西海岸への海外出張や,社外勉強会への参加のための出張など支援していただく機会もありました.また裁量労働制や在宅勤務など柔軟な働き方を推奨している組織に所属していた時は,生産性や効率などを自分でコントロールできたし,育児にも積極的に参加できました.

 

改善した方が良いと思うところ

不採算サービスからは早期に撤退し,次の投資のための原資にあてたほうが良いと思いました.また採算性を上げるためにはsunk costの呪縛からの脱却が必要でしょう.途中でピボットしないため,誰も使わないような残念なサービスが出来上がることがしばしばでした.

 

今後

次の仕事はまだ決まっていません.最後に在籍していた組織で企画/開発/運用していたWebサービス群は,どれも残念ながら自分がそのユーザになりたいと思えるようなものではなかったので,次の仕事では誰かの役に立つものを作りたい.また大規模なトラフィックや,ユーザからの大量のリクエストを裁くようなサービスに興味がありますので,これらに携われるようなお仕事に就きたいと考えています.これまでにnode.js/golangでのプログラミング,サーバサイド開発,セキュアでテスタブルな設計や実装,AWSTCP/IPネットワークの業務全般などの経験はそこそこ積んできたので,もしそのようなお仕事があればお声がけいただけると幸いです.